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2007.02.26 (Mon)

なすべきことをなしたるのみ

永井隆の墓は、長崎市坂本町の国際墓地入り口のすぐ脇に用意してありました。

墓石は水平で、「パウロ永井隆」「マリア永井緑」と刻まれていました。

墓石が水平なのは、隆は生きているとき、こんなことを言っていたからです。

「わたしの墓に来てくださる方がいるかもしれない、そのとき、石碑を見上げていただいては気の毒だ。わたしは見上げられるようなこともしていないし、見上げてもらうほどの人物でもない。わたしの墓は石碑を立てない。その人よりも下の方にいるために、地面に自分の名を置くよ。」(永井誠一著『長崎の鐘はほほえむ』)

隆が頼んで作ってもらった二枚の石板のうちの一枚には、
「われは主のつかいめなり、おうせのごとくわれになれかし」
と刻まれていました。

これは、「わたしは神様に仕えるものです。おっしゃった通りになりますように。」という意味です。聖書にある聖母マリアの言葉で、隆が毎日、何十回、何百回と念じていた祈りの言葉の一部です。

また、もう一枚には、
「われらは無益なしもべなり、なすべきことをなしたるのみ」
と刻まれていました。

これは、「わたしたちは役にたたない召使です。ただすべきことをしたに過ぎません」
という意味で、これも聖書の言葉です。

隆は、自分や妻の緑さんの一生を振り返り、自分たちは大した役にも立たなかったのだと謙虚に考えていたのです。

亡びぬものを / 永井 隆

長崎の鐘 / 永井 隆
EDIT  |  07:30  |  永井隆博士  |  TB(0)  |  CM(0)  |  Top↑

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